
こんにちは、BionicM・義肢装具士の松原です。
コラムの4回目では義足のソケット製作時に「えっ、そうなの?」とユーザからいただく実際の声をお届けします。
目次
- 全く同じソケットは作れない!?
- 人間の感覚はずれてしまうことが多い
- 時間が経つと切断された足の状態も変わる
- 自分が許容できる感覚を知ろう
全く同じソケットは作れない!?
はじめにお伝えすると“きつい”“ゆるい”を始めとしたソケットの感覚にとらわれすぎてはいけません。
なぜか?
大前提として、残念ですが、現在の技術では全く同じソケットは作れません。
例えば、木やプラスチックの塊からソケットを削り出すのであれば、かなり正確に復元できます。
ですが、この方法は、中身を丸々削ってしまい無駄にしてしまうことや、削った表面をツルツルにしにくいなど、あまり現実的ではありません。

それでも、ソケットをコピーして製作したユーザもいると思います。
一応、方法論はあるのです。
どうするかというと、コピーしたいソケットの中に石膏や硬めのゴム状の物などを流し込んで、内側の形状のコピーを作ります。
それらに、板状や液体のプラスチックをかぶせてソケットにしますが、石膏やゴム状の物にプラスチックがくっつかないように、どうしても何かをかぶせないといけないのです。
それは、ビニールのようなシートだったり、ストッキングのような布だったりします。
結果、完成したソケットの内側はシートや布の分“大きく”、つまり“ゆるく”なってしまうのです。
もちろん、シートや布は薄く大した量ではないのですが、コピーをしてでも同じソケットが欲しいというユーザにとっては、結構な差になってしまうのです。
中には、シートや布の分だけ大きくなるなら、その分、石膏などを薄く削ればよいと思う人がいるかもしれません。
ですが、全体を均一に薄く正確に削るというのは至難の業ですし、均一なら良いかというと、シートや布を石膏などにかぶせた時、部分的に伸びたりして、そもそも厚さが場所ごとに異なり、そこまで再現するのは不可能なのです。
このため、仮に今履いているソケットがものすごく調子よかったとしても、全く同じ物は作れないので、追い求めすぎると苦労することになってしまうのです。
人間の感覚はずれてしまうことが多い
例えば、味覚。
その日の体調や疲れ具合によって、しょっぱい物が良かったり、甘いものが欲しくなったりしませんか?普段では、しょっぱすぎたり、甘すぎたりするのに。
または、年齢によっても美味しいと感じるものが変わったりしてきませんか?
別の例を出すと、スポーツで調子が悪くなった時、上手くいっている時の感覚を追い求めて練習しても、調子は戻りにくいと思いませんか?
調子が良かった時と、悪くなった時とでは、筋力も異なれば、普通だと感じているフォームも異なっているため、同じ感覚にはならないのです。
これと同じで、体調や、時間経過によって感覚はずれるものです。
一方で、人間は、感覚的にものすごく正確な一面もあり、例えば直角・水平を判断したり短時間で相対的な判断を下すことは(例えば味とか、重さとか)精度が高いです。
ですが、体調が変化してしまったり、時間が経過してしまったりすると、感覚はずれてしまいやすいものです。
体調が悪い時に看病してもらったりすると好きになってしまったり、若いころと年齢を重ねた状態では異性の好きなタイプが変わったりしますよね。

話がずれましたが、
過去に調子よかったソケットにこだわりすぎても、感覚がずれてしまっていることが多いため、上手くいかないことがほとんどです。
こだわりすぎないようにしましょう。
時間が経つと切断された足の状態も変わる
医学的な側面もあります。
例えば、筋肉や脂肪などの軟部組織の量です。
筋力や脂肪を始めとした軟部組織は、過去のコラムでクッション材として働くとお伝えしました。
切断された足の部分は、どんなに頑張っても萎縮してしまう傾向にあります。
また、筋肉は細くなり、結果、切断された足の部分が全体的に柔らかくなってきたことを、ほとんどの方が経験していると思います。
当然、ソケットの中に詰まる物の固さが変わってしまえば、感覚的な安定感も変わってしまいます。
時間の経過に伴い、自分の切断された足の部分の条件も変化すると思われます。
(以下は私の経験上から来る考えで、まだ証明はされていません)
大腿切断の方で特に顕著なのが、太ももの骨(大腿骨)がソケットの中で、手術直後は動かなかったのに、段々、動くようになるという変化です。
手術直後は太ももの骨の先と、周りの筋肉などの軟部組織が癒着してくっつきます。
このため、切断された足の先まで力が伝わりやすく感じます。
ですが、時間が経つと思に、太ももの骨と周りの軟部組織は剥がれていき、固定力がなくなってしまうのです。

これは、リハビリテーションとしては切断された足の部分が成熟するという考えで、良いことです。
ですが、ユーザからすると、ソケットの中で切断された部分が安定していたのに、力が逃げてしまうようになる感覚で、マイナスと感じられることがあります。

わたしが経験したユーザの中にも、手術後すぐに作ったソケットの感覚が忘れられず、同じ感覚になるよう、いくつもの義肢装具製作会社を回っておられる方がいました。
残念ですが、この感覚の差は、ソケットによるものではなく、ユーザ側の状態が変化してしまったことによるものだと考えられるため、二度と戻らない可能性が大きいのです。
なので、術直後や、最初のソケットの感覚を追い求めすぎないことをお勧めします。
自分が許容できる感覚を知ろう
とはいえ、ユーザの方は、ソケットの作り替えの際、どうしても慣れた現在のソケットと同じ感じを求めがちです。
では、どうすれば良いのでしょう?
難しいことと分かった上で、あえてお願い致します。
「ある程度の幅を許容できる感覚を持って下さい」ということです。
自分なりに、最低限クリアしたい基準をいくつか作っておくことも良いかもしれません。
例えば、“きつい”、“ゆるい”に関してであれば、前回のコラムでご説明したような、“きつすぎる”、「ゆるすぎる”場合の判断基準です。
または、最初から回数が掛かるものと考えて頂き、ちょっとずつ直していくというのも現実的でしょう。
いずれにせよ、過去の感覚にとらわれすぎてしまうと、新しいソケットへの移行を邪魔してしまい、ユーザの皆様の時間を無駄にしてしまうことにもつながります。
もちろん、一度で上手く適合したソケットが出来るのが理想です。
ですが、2回目のコラムでもご説明したように、研究されてはいますが、一番謎なのがソケット適合なのです。
謎、そして、医学的な感覚の時間的な変化と言えば、脳科学者に言わせると、異性が好きという感覚は3年程度しか持たないと言います。
何か、寂しい話ですね。
愛は永遠ではないのでしょうか?
こちらも永遠の謎ですね。
また話がずれました。
結論としては、今日明日や、数年後に理想的なソケットが出来るとはお約束できません。
我々義肢装具士も今後も努力していきますので、ユーザの皆様もある程度の幅を許容できる感覚を持って頂ければと思います。
次回は、ソケットの種類についてお話ししたいと思います。