“二足歩行ロボット”に携わりたかった学生が義肢装具士になるまで~BionicM義肢装具士 松原のコラムvol.1~

義肢装具士

はじめまして、BionicM 義肢装具士の松原です。

わたしは現在、BionicMで唯一の義肢装具士として働いています。
皆さまへ義足の奥深さをもっとお伝えしたいとコラムをはじめます。

初回はロボット工学から義肢装具士に出会い、今に至るまでの経歴をご説明させていただきます。

「人のように歩く二足歩行ロボットを作りたい」ガンダムから始まった挑戦

静岡県生まれ田舎育ち。
そんな子供時代に、はまったのはガンダム。「二足歩行ロボットを作りたい」と沸いた興味は潰えることなく、BionicMの仕事へつながっていきます。

ちなみに、高校生になるときに、もう一つ真剣に考えた道があり、それは鮨職人でした。

結果、普通科の高校に進んだのですが、もし、あの時に鮨職人になる道を選んでいたら、今頃、東京は銀座で超高級鮨店を開業し、政治家や芸能人相手にお鮨を握っていたに違いありません。もったいないことをしました(想像するのは勝手ですから)。

さて、高校卒業後はロボット工学を学ぶため、大学へ進学しました。当時、二足歩行ロボットと言えば早稲田大学でしたが、親から国立大に行くように言われ、限られた選択肢の中で二足歩行ロボットを研究していた大学へ。

機械制御工学科で工学の基礎知識を身につけることが出来ました。

ただ、わたしが大学生だったころには、ボストンダイナミック社は勿論、ホンダのアシモすらない時代で、二足歩行ロボット専門で食べていけるとはとてもじゃないが思えない時代でした。

それでもわたしは、歩く機械、それも人のように歩ける機械に、どうしても携わりたかったのです。

そこで出会ったのが義足です。
「これだ!」と思い、すぐ義肢装具士の養成校に入りました。

一流職人を目指し、義肢装具士の知識を工学的な理解に置き換える日々

入学してすぐに驚いたのは、理論だったものはありつつ、俯瞰して考えられたものが非常に少ないこと。義肢装具士が今も昔も、職人という側面が強いからだと思います。医学的な知識においても、少し不足しているのではないかという面もありました。

現に、理系出身のわたしが当然疑問に思うことも、先生に質問すると答えが返ってこないことがしばしば。

「これではいけない…」と、まずは医学的な知識を深めるため、医学部がある近くの国立大学の図書館に一人で通い、勉強しました。
いつの日か役に立つだろうと思い、義肢装具士の知識を工学的な理解に置き換えるということもしていました。

さて、ここまで見ると、わたしは頭でっかちな義肢装具士に思えてくるかもしれません。

ですが、わたしは職人の世界も、ものすごく尊敬しており、好きなのです。
もちろん、先輩後輩のような人間関係で難しい側面もありますが、中身でいえば、職人の世界というは、ものすごくレベルが高く、影響力も大きいのです。

義肢装具士でいえば、職人の腕次第でユーザーの快適さ、行動範囲がものすごく変わってしまいます。
これはユーザーの皆さまにはご理解いただけるのではないでしょか。

わたしは、職人としても一流になりたい、それも義足の分野でと思い、頑張りました。
実はここで、鮨職人を目指したこともある、手先の器用さが爆発しました(伏線回収です)。
自分でいうのも何ですが、そこそこ、美味かったんですよ。
あっ、間違えました。上手かったんですよ。

実際、学生ながら実際の臨床現場に行く臨床実習において、当時、最高峰レベルの国立リハビリテーションセンターに行き、そこで働く機会を得たのです。

国立リハビリテーションセンターは、国立であったため民間よりも利益にうるさくない施設だったこともあり、一人のユーザーに納得いくまでソケットを作り直すということで得られた経験値の蓄積が、ものすごかったのです。

わたしは、国立リハビリテーションセンターで約3年修行しました。
ここで、ソケットや義足における、本当に多くの知見を得ることが出来ました。

これは今でも、わたしのかけがえのない財産であり、血や肉となってわたし自身を助けてくれています。

次に就職したのは、兵庫県立のリハビリテーションセンターです。

かつて、ベトナムの”ベトちゃんドクちゃん”のドクちゃんへ義足を作ったり、世界初のコンピュータ義足”インテリジェント膝継手”を開発したりしたところです。

ここは病院だけでなく研究所が併設されており、この研究所においてインテリジェント膝継手が開発されたのです。
わたしは研究所付の義肢装具士として約9年、義足や義手を製作しました。

兵庫県立リハビリテーションセンターには、民間の義肢装具製作会社も入っており、通常のケースは民間の義肢装具製作会社が対応します。
これに対し、研究所付の義肢装具士であるわたしは、民間の義肢装具製作会社では対応困難な難しいケースばかりを数多く対応しました。

こちらでもソケットや義足に関し、多くの知見を学ぶことが出来ました。
また、筋電義手も数多く製作し、製作数は日本でも有数だと思います。
さらに、研究所付でもあるため、自身の研究も行うとともに、企業との共同研究などにも参画しました。

ここで、養成校時代の「義肢装具士の知識を工学的な理解に置き換える」ことが活きました。わたし自身も、臨床現場や研究、それに対して企業での開発という立場の違いに関して、多くの知見を得ることが出来ました。

その後、もっと良い義足を作るために研究したいと思い、北海道科学大学の教員となり、義肢装具士の教育にも携わりました。
ここでも、養成校時代に行った勉強や作業が役に立ったのは言うまでもありません。

さらに、学生に分かりやすく教えるためには、自分自身がもっと深く理解できていなければならず、さらなる知見を深めることが出来ました。
同時に、臨床経験で得た実際の技術も学生に見せることが出来たのは良かったのではないかと思っています。

研究の面では、大腿義足の異常歩行を解消するシステムを開発していました。

また、珍しい研究としては、獣医学部のある他大学からの要請を受け、犬の義足を研究・製作したりしていました。

 

義肢装具士として叶えたい一つの夢

結果、約9年、大学教員として過ごしたのですが、そこで思ったのです。

教育や研究も重要だが、ユーザーに貢献するには時間が掛かってしまう。
もっと直接的に、ユーザーに貢献したい。
そして何より、やっぱり歩く機械が作りたい!と。

その結果、今、BionicMにいます。

今のBionicMには、義足を製作する部署がありませんので、義肢装具士と言っても、日々義足を製作しているわけではありません。
ですが、機会があれば、ソケットを始めとした義足を製作する機会が持てれば良いなと考えています。

そして、これまでの臨床経験はもちろん、兵庫県立リハビリテーションセンターで学んだ開発の知見、大学で行った研究、これらを総動員して、義足ユーザーの皆様に良い製品をお届けできればと思っています。

なぜなら、わたしには義肢装具士として一つの夢があるのです。
それは、義足ユーザーが、病気や事故で失った自分の足と同じ感覚で生活できる義足を作りたいという夢。

叶えるためにも、日々頑張りたいと思います。

義足において一番大事なパーツは◯◯◯◯

さて、ここからは義足の具体的なお話をしていきます。
突然ですが、義足において一番大事なパーツは何だと思いますか?

大腿義足ユーザーの皆様からすれば「膝継手」と思われるでしょうか。
下腿義足ユーザーの方々は「足部」でしょうか。

確かに、膝継手や足部には非常に高価な製品が販売されています。ですが、一番大事なパーツは間違いなくソケットです。

例えば、あなたが運よく、高級スポーツカーを手に入れられたとしましょう。
それはもう、エンジンもパワフルで、足回りも素晴らしくコーナーリングも思いのままになる車です。

でも、運転席のシートだけが皮が破れ、バネが飛び出ているような不良品が付いていたらどうなるでしょう。

加速を楽しむためにアクセルを踏むと、体がシートに押し付けられますが、その際、バネが背中に刺さっては、痛くてアクセルを踏めませんよね。

ハンドルを切って華麗なコーナーリングを披露しようと思っても、シートの横からバネが飛び出ていたら同じく楽しめません。

義足も同じです。

どんなに高価な膝継手や足部を買えたとしても、ソケットが適合していなければ、シートの壊れたスポーツカー同様、性能を発揮するのはとても難しいことなのです。

―――義足ユーザーの皆様、ご自身のソケットに満足していますか?

次回からは、このソケットについてお話していきます。

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